コドモ・ドラゴンは叫んでいた!

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6.踊りかもめのように・・・・・~♪GOOD NIGHT BABY / ザ・キングトーンズ ♪~

しばらくはブログ崩壊を避けるため過去のお 気に入り記事、人気記事を最新記事に上げてブログを維持しております。 
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2010-04-02に叫んでいた!
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Bluesは、19世紀後半頃に米国深南部で黒人霊歌、ゴスペルから派生した。
彼らは教会では歌えない胸の内をBluesで、吐き出していた。
 
ここでは、心の重さを吐き出す歌全てを、               
               あえて音楽ジャンルと関係なくBluesと呼ぶ事にする。  

Bluesは感情を表現したものが多い
日常の幸せなことや憂鬱なこと(blues)を12小節に乗せて歌う。
このBluesの調べに乗せて、打ち明け話(あるいは打ち上げ話?)をしたくなったんだとさ~。
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しばらく家にいたので、京都に行く事にした。
 四条河原町、京都1番の繁華街である。

駅を降りると、四条大橋。

私は関西の中では一番京都が好きだった。だから、新幹線で関西に行くときは、決まって京都行きを買った。


「ヨッちゃん、踊りカモメや」
見るとヨタヨタと風に吹かれて・・・・・ナンだか鴨川上空をドタバタ騒いでいるような鳥が飛んでいる。

「餌をあげよ」
おあつらえ向きに餌が橋の袂で売られていた。(たしか・・・パンの耳だったような・・)

餌を母が投げると、何十羽もの踊りカモメがバタバタバタバタ・・・・・・でも、しっかり餌はGetしてる。

二人で、ほんとうに可笑しくなって・・・・・大笑いした。

母が「踊りカモメ」と呼んでいたのは東京では馴染み深い「ユリカモメ」
モノレールのゆりかもめはこの鳥からのネーミングだ。
東京でこの鳥を見たければ浜松町あたりから、ちょっと皮肉な事だけどモノレールではなく、お台場行きのフェリーに乗るといい・・・。

東京でフェリーからこのカモメを見ると、本当に近くで飛んでくれる。
まるでサービスしてくれたいるのかなと思うくらい・・・・・
だから、乗客からはドタバタすれば笑いが起き、風に乗って進んでくれば拍手と歓声が湧き上がる。


横顔まではっきり見えるように飛んでくれる。
それがまた可笑しな事に結構凛々しい顔してる。

お前ら笑ってるけど、真剣に飛んでるんだぞ!俺達は!
とでも言っているようだ。


私は鳥の事は詳しくないが、多分、長い距離をエネルギーを浪費する事無く飛ぶための自然の知恵なのかなと思う。


この記事を書くために、今日このカモメを調べてみてちょっと驚いた。
この鳥、東京都の「都鳥」だと言う事・・・まるで選んだかのように日本の新旧の首都を行き来している。
そして、この鳥が京都鴨川に姿を見せるようになったのは1974年からなのだと言う。

私が母と一緒に居た時はまだ鴨川を飛んでいない・・・・・。

母がポツリと言った。
「あたしたち親子も踊りカモメの様にならなあかんな、
風にさらわれそうになっても、たとえ離れ離れになっても・・・・
このかもめみたいに・・・・・前に進んで・・・・必ず」

「そのとおりや、お母ちゃん・・・・踊りカモメで生きて行こ」
二人で京都見物をしながら・・・・
母は、子供の頃の二人の兄の可愛いエピソード、
そして・・・父がどれほど、爽やかで純粋な人だったかなどを話して聞かせてくれた。

宿泊先のホテルに着いた時、私は、あまりにも・・・・幸せだった。

部屋に着くと・・・・ドタ~ンと横になった・・・・・・・。

母はしばらく部屋の外を眺めていた・・・・・・・。

母は元々童顔で・・・目は黒目が大きい・・・まるでポメラニアンの様な目をしていた。
そのくせ、首がほっそりと長く・・・・・この時代の女性としてはかなり背の高い166cm
足も長く・・・・この日は確か、幾分地味な格好をしていたけれど・・・・
しわもほとんど無く・・・視力もしっかりしていて・・・・
とても50代には見えない人だった。

正直、京都の町を二人で歩いていると、親子というより、なにか、若い愛人でも連れて歩いている様に見られそうで・・・・恥ずかしかった。
実際、喫茶店に入った時は時折、いぶかしげに何人かの人に見られた・・・・。

「お母ちゃん・・・・今でも・・・・充分、綺麗やなぁ~」

そう言うと母は笑いながら振り返り・・・・・・

「こらっ、充分て何よ。充分だけ余計やわ」
と、私の鼻をちょっとだけ・・・・・つまんだ。

そして、
「一回でいいから・・つまんでみたかった・・ヨッちゃんの鼻」
と微笑んだ。

その時・・・・・自動的に・・本能的に・・言葉が勝手に出てきた・・・・・・。

お母ちゃん、もう何処にも行かんといて。

とうとう・・・・30年以上の重荷を引っ張って支えてきた
心のワイヤーが音を立てて・・・・

切れた。

涙が・・・・・・・・声が・・・・・・破裂したように溢れ出た・・・・・。
泣いて泣いて泣いて泣いて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
声がまるで赤ん坊の様になるまで・・・・

泣いた。

そして・・・・・・・・とてつもなく・・・
当たり前の事なのに・・・・・

母にとって
一生、来ないかに思えた
「三人目の息子を抱きしめる」時
が、ようやく訪れた

少し・・・私の涙が収まって来た時・・・・・・母はこう言った。

「嫌いで・・・・・(父と)・・・・・・・別れたわけや、ないんよ」

聞いた時・・・・心底・・・それこそ聞きたかった言葉だと感じた。

確かに私は・・
母と父が愛し合って生まれたのだという事を本当に知りたかった。
知らされたかった・・・・・・・。

どこで眠りに着いたかは全く記憶に無い・・・・。

はっきりしている事は、
ふいに薄ぼんやり目が覚めた時・・・
母は約束どおり何処へも行く事無く・・・・私の手をしっかりと握りしめ・・・・
添い寝をしてくれていた・・・・という事・・・・。

そして・・・
まったくの偶然で・・・・
ホテルの部屋のFMラジオから聞こえていた
この曲

「GOOD NIGHT BABY」
小さなささやき声で・・・・・

私の額を撫でながら・・・・・
歌ってくれた事・・・・。

時折、歌と一緒に流れる・・・・・
母の頬をつたって・・・・
私の顔に落ちる涙が
暖かく……

愛しかった。
お知らせ(ここだけ新しい情報)!!! 最近,試しに警察小説書いてます!!  

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